【統合失調症】妄想の世界が取り払われて、むき出しの世界がただそこにあった、そしてそこに自分が在った
最近わたしはある感覚に囚われた。
それは、「世界が見える」と言う感覚である。
一見持病の統合失調症による陽性症状のようにも見受けられる感覚であるが、そうではない。
23年間にわたる長い重い妄想により歪みに歪められ、ついには1個に分裂して浮遊してしまった「わたしのせかい」が急激に雲が晴れていくように取り払われていく感覚である。
わたしはそうして見えた世界(現実)のあまりの平凡さに愕然とした。
そして、妄想の世界に住み続けることによって浪費されたわたしにとってあまりに長い23年と言う年月に絶望した。
わたしの住み続けた妄想の世界では、生き物であってもなくても、眼に映るもの全てが暴力的であった。
外で通行人が尾行して殺害を計画してくるので家に逃げてチェーンを締めたらカーテンやエアコンが悪口を言ってくるので布団にくるまると今度は布団が締め付け殺してくると言う世界。
そんな世界で、膨大な数の凄まじいまでの悪意と23年間戦い続けた。たった一人で。
そのうち、その世界に代わる代わるいろんな人々が住み始めた。彼らは奇妙なことにわたしと会話をすることができた。一人ぼっちの癒しのない世界に、初めてできた「親友たち」だった。
わたしは親友たちと色々な話をした。
今日、絨毯に親指を切断されたよ。生えてくるのが大変だった。
へえ、そうなんだ。大変だったね。痛かったろう。
わたしは実はすごい人間なんだ。
知ってるよ。昔から君は優秀だったもんね。
彼らは決してわたしを否定しなかった。
ただ存在することを許されず命を否定され続けた世界の中で、彼らはわたしに、理由もなく、「生きて」と言った。
実際、彼らは当時の妄想に完全に囚われたわたしには必要な存在だったのだと思う。
だけど、わたしは今、「親友」のいない世界で生きている。
「生きて」と言ってもらわなくても、生きている。
なぜそれができるようになったか。
それは単純に、彼らを必要としない世界に「移住」したからだ。
その世界では、車は尾行してこないし、通行人は悪口を言わない。
快適といえば快適な、だけどなんの変哲も無い世界。
時間はまっすぐ分裂せずに過ぎてゆき、過去がなんども蘇ったり未来が見えたりすることもない、あまりに平凡な世界。
ああ、わたしはこんな世界に本当は生まれたんだったんだ。
みんなの見えていた世界って、こんな世界だったんだ。
胸いっぱいに空気を吸い込んで、その透明さに驚いた。
自分の手を見た。
少し大きめで、短い爪の、ややむくんだ薬指にダイヤモンドの指輪が光っている。
そこにはただ、どこにでもいる平凡な主婦として、夫を見送る自分がいた。
わたしを陥れようとして悪意に歪んでいたはずの醜い夫の顔は、ただの普通の30歳の、どこにでもいるサラリーマンの青年だった。
これが世界か。
ただ一切が過ぎてゆき、たくさんの命を乗せて。
美しいとは思わなかった。
きたないとも思わなかった。
そこにわたしはもともといたのに、分厚い妄想の殻がそれを見えなくしていたのだ。
ただここにわたしは在る。
丸裸の命が、丸裸の世界に立っているのを感じた。
尊い感覚だった。
わたしはこれからこの世界で生きていくんだ。
決意を新たに、一歩一歩、ゆっくり手探りで進んでゆく。