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くるんちゅ日記

1991年生まれ、統合失調症、専業主婦。日常を綴ります。

わたしが発症した時のこと(子どもの統合失調症について)

こんにちは、くるんちゅです。おでかけする場所がおもいつかないので、だんなさんとまったりおうちですごしています。

 

 

お昼ご飯はわたしがつくった生姜焼きでした。甘さがたりないといわれてしまったので、みりんを使いこなせるようにならないと、ですね。

満腹満腹で、またまたブログを更新です。

 

 

 

 

 

以前わたしはこのブログで、「発症年齢はおそらく3歳といわれている」と書きました。

 

 

kurunchu.hatenablog.com

 

 

統合失調症は、一般的には思春期以降に発症することがほとんどといわれていますから、相当珍しい部類にはいるとおもいます。そしてわたしは発症当時(3歳)のときのことを鮮明におぼえていますので、それもかなり珍しい例だとおもいます。

 

 

 

そこで、わたしが発症した時のことを、綴ってみようとおもいます。ちょっと、暗いおはなしです、ごめんなさい><いちおう、閲覧注意です。

すべてほんとうのおはなしです。

 

 

 

 発症以前のわたし

わたしは東京都西部でうまれ、その後23区の下町の祖父母のおうちで、しばらくくらしていました。

家族は当時のわたしのことを、活発で素直でしたが必要以上に繊細で傷つきやすく泣き虫なところがあり、すこし扱いづらい子だったといっています。

祖父と、下町風情のある駄菓子屋や、団地の公園であそぶのがすきでした。

 

 

アマノッチとおはなしした三歳児

3歳のときです。わたしはテレビを見ていました。たしか天才テレビくんのような番組だったと記憶しています。

テレビにアマノッチがうつっていました。そしてアマノッチはスタジオにあそびにきている女の子にむけて「かわいいね」といって手を振ったのです。

 

その瞬間わたしは、当時の感覚を今現在扱える言葉で詳細に説明しますと、

アマノッチがテレビを通してなにかふしぎなちからを使ってわたしを見ていて、わたしをかわいいと言って手を振ってくれた!アマノッチはわたしがかわいいからテレビをつうじてわたしを監視している!」

確信していました。

 

わたしは3歳児ながら「どこか」で撮影された映像がテレビに配信されるということは理解していましたから、さいしょは信じられない思いでした。

 

そして、「そんなことあるもんか、でもなんだったんだろう」という思いで日々を過ごすことになります。

 

 

 

やまんばのこえがきこえる

しばらくして、幼稚園の年中になったばかりの頃でした。

当時寝つきの悪かったわたしと弟を寝付かせるために、母はいつも「やまんばだぞ〜、寝ない子はくっちまうぞ〜」と、わたしたち姉弟を脅してねかせようとしていました。

わたしはその声がこわくて、でも眠れなくて、やまんばのまねをする母が先に眠ってしまっても、空が青くなるまで起きているような子どもでした。

 

そして、ある日。

母がいつものようにやまんばの真似をして先に寝付いた後、どこからともなく「母がまねするやまんばのこえ」が大音量で聞こえてきたのです。

わたしはあせって、まず眠っている母の口元を確認しましたが、ぴったりと閉じていてやまんばのこえなど出せるはずがない状態でした。

やがて、朝になり母が起きるまで、やまんばのこえは近くからとおくから聞こえ続け、気が狂いそうなほどつらい夜だったと記憶しています。

 

 

天井に地獄絵図が見える、天井に押しつぶされる

そしてわたしは5歳になりました。その日、わたしは寝室で仰向けにねっころがっていました。とても暑い夜だったと記憶しています。

 

暑さにうなされていると、なんとだんだん天井に3Dの地獄絵図の映像がうかびあがってきたのです。あろうことか、それが押しつぶされそうなくらいわたしに迫ってきたのです。

わたしは怖かったですが、もうどうにでもしてくれという投げやりな気持ちで地獄絵図におしつぶされて、頭痛と戦いながら夜を明かしました。

 

※(わたしの幼稚園は仏教系で、幼稚園児に地獄の概念をおしえたりするようなちょっとすごい所だったので、地獄絵図の存在と、地獄がこわいところということだけは知っていました。)

 

 

自殺未遂

ちょうどその地獄絵図事件とおなじころ、わたしは家族との折り合いがわるく、おなじマンションの住人のこどもたちの間でも、幼稚園でもひどいいじめを受けており、からだのほうも病気がちで、だれにもなにも相談できない状態でした。

 

そして、たった5歳のわたしは、いつしか「生まれてこなければよかった」「消えたい」「死んだ時ぐらいはだれかがわたしのつらさに気づいてくれるだろうか」という思いに狂ったようにとりつかれるようになっていきます。

 

消えるのはむりなので、死ぬことにしました。

 

死ぬならば、できるだけたくさんのひとがみているところで、派手に死にたいとおもいました。そうしたら、わたしをいじめたことを死ぬまで後悔するだろうとおもったのです。これはわたしにとって、当時そんな言葉を知るよしもありませんでしたが、最大の解放であり最大の復讐でした。

 

そしてわたしは幼稚園の屋上のちいさい遊園地のようになっているところの柵にのぼって、「チャンス」をうかがっていました。そのときの、終末がせまっているというリアルな焦燥感と奇妙に爽快な気分はいまでも鮮明に覚えています。

 

そのときです。

「危ないよ。落ちちゃうよ。」という声がきこえました。新婚のN先生という、唯一わたしにやさしくしてくれる先生でした。

N先生のほんわかしている表情をみたらなんだかわたしは拍子抜けして、きゅうに死にたいきもちがしぼんでしまいました。

N先生はわたしを柵からおろし、危なかったねといいました。わたしは放心状態でした。

 

そして何事もなかったかのようにその日からまた、いままでとおなじ毎日がはじまりました。

 

 

ゴミたちのかなしみの声が聞こえる

そしてわたしは小学校4年生になりました。

 

当時のわたしは、じぶんでいうのもなんですが、成績がかなり優秀なほうで、御三家や国立中学に毎年何十人も行くような塾で常に成績はダントツのトップをキープしていました。そして、それはわたしにとって誇りであり、同時に重荷でもありました。じぶんの能力について、歪んだ醜いプライドがめばえはじめた瞬間です。

 

毎日10時頃まで塾に居残り、宿題は1日で問題集20ページを超えました。肉体的な疲れもありましたが、精神的な疲れが限界に達していました。でも、努力をやめることができませんでした。「勉強ができる」ことだけがわたしの生きる唯一の価値だとすらおもっていました。ほんとうは、じぶんに自信なんて、まるでなかったのです。

 

そして、そのころからそれまで神経質なほどきれいにしていた部屋や勉強机のうえをちらかしてしまうようになりました。

ゴミたちの「声」が聞こえていたのです。

ゴミたちは「生まれてきたのに役にも立てず捨てられて悲しい」「あなたもわたしのきもちをわかってくれるでしょう?」「きたなくてごめんなさい、僕たちのことをどうかきらわないで」とわたしの心に突き刺さるように四六時中訴えかけてきます。

わたしはゴミを捨てる時、心の中で号泣していました。ゴミにどうしようもないほど共感してしまったからです。はじめて自殺未遂をしたあの日のことを思いだしていました。

じぶんの気が狂い始めているのを確実に感じはじめました。それでも、毎日毎日勉強をしつづけました。限界がちかづいていました。

 

ハンマーをひきずる侵入者

わたしは小学六年生になりました。あいかわらず病的なほどの勉強量で、あいかわらず成績はトップでした。

ゴミたちの声はなぜか自然におさまり、わたしは病気じゃなかったんだ、とほっと一息ついたころです。

 

ある日、わたしはいつもより頭が冴えた状態でふとんに入りました。すると、重いものをひきずるような物音が聞こえました。

わたしはふとんに潜りました。「こいつはわたしを殺しに来た。」なぜか、直感的に確信しました。

うまれてはじめて、脂汗でびしょびしょになりました。できるだけ自然な寝息をよそおい、「侵入者」がとおりすぎるのを待ちました。

すると、侵入者のたてる物音がだんだんリアルになり、息遣いまできこえてきたのです。心臓がを吐いてしまいそうなほどの緊迫感。わたしはそのまま微動だにせず侵入者がとおりすぎるのを待ち続け、やがて母の声が聞こえました。

 

朝が来たのです。

わたしはふとんから出て、なるべく平静を装ってシャワーをあびて学校へ行きました。微動だにしなかったせいで、全身が筋肉痛になっていました。

 

 

 

 

 

それからわたしは本格的に気が狂い始めることになるのですが、それはまたの機会におはなししますね。

 

 

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 今回のテーマは、「当事者の子ども本人からみた、子どもの統合失調症」です。

 

 

 

なるべく当時のこころの動きがつたわるように、かきました。

 

 

 

みなさま、それぞれおもうことはあるかとおもいますが、参考にするも、共感するも、へぇ〜と思うも、ぜんぶぜんぶ、うれしいです。

 

 

 

読んでくださって、ありがとうございました^^

リクエストがあれば、続きをかきます。

 

 

 

 

 ではでは(*^艸^)