二人がけのソファー
空が青白く明るくなっていく
眠れなかった夜だった。
時折ベッドに戻ると彼はそういう本能があるかのように寝ながら無意識にわたしの頭を撫でようとする。
5年半、一緒に暮らしたこの家は、二人暮らしには少し狭い。
そんな我が家に、二人がけのソファーを「再び」置くのが彼の夢だった。
わたしは、その夢をずっとはいはいと聞き流していた。
どうせ上に物を散らかして、片付けるのはわたしなんでしょうと。
(彼には以前あったソファーをめちゃくちゃに散らかした上にワインの大きなシミを作って廃棄した過去がある)
彼は、家具屋に行くたびにわたしとソファーに座りたがった。
そして、ソファーがいかに二人の生活に必要なものであるかを力説した。
今度は大切にするから、と懇願した。
どれも彼らしく理屈の通った説明だった。
だけどどうもピンとこなかった。
そして昨日、最後の休日、彼は豚肉を焼きながらこんなことを呟いた。
「また二人の、幸せだった頃の生活がしたい」と。
本音だったのだろうと思う。
わたしは「幸せだった」頃より、ずっと頭がかたくなった。
「幸せだった頃」は、今よりずっと、悩んでいた。
くだらなかった。楽しかった。いつも何かを大事にしていた。
傷つけても、傷つけられても、泣いても、だた日々が光って流れていった。
そんな日々を、昔あったソファーは片隅で見守っていた。
彼はそのソファーに座りながらテレビを見ることを好んだ。
そして、わたしに隣に座るよう促した。
しかしテレビが非常に苦手なわたしはソファーに座ると必ずテレビをつけられるのがいやで別室に逃げていた。
やがて、わたしが座らないソファーの片側は物置と化した。
そして、隣にわたしが座らないと諦めた彼は、もう片方にも荷物を置いた。
ソファーを捨てる日、彼がどんな表情をしていたかあまり覚えていない。
今更になって、あのころの彼の気持ち、ソファーのこと、光っていた日々を想う。
かたくなった頭がじわりととけていくような感覚がした。
もう一度、できるかな。
二人がけのソファー、置いてみたいな。そしたら何か変わるかな。
もう一度、日々が光り始めて行く予感がする。